2014年12月18日木曜日

冬のサザン夏のサザン

お父さんの誕生日が二日前だったのでおめでとう、と電話した。
年末は帰るのと聞かれ、うんそのつもりでいるよと答えた。
なんだかそのやり取りのひとつひとつにさみしいものを感じて、涙が出そうだったからすぐに切った。お父さんにはいつも表面には出さない辛いものや寂しいものをたくさん感じてしまう。
お父さんは可哀想だなあ、私は守ってあげられなくて情けないなあとなんか、ベッドの上でえんえん泣いた。
それは私の勝手な一方通行なんだけど。

ちょうどその日、久々にサザンを聴いてた。お父さんはサザンが大好きで、そして海が大好きで、幼い頃しょっちゅう海へ行き、その道中の車で聴いてた。懐かしいなあという感想ばかりがこみ上げて、車の中で響いてたサザンが空間として立ち上がる。お父さんのサングラス、でかい車、夕日など。聞こえかた。あの時の私の。思い出はきらきらとして、いつも今の私を置いてきぼりにするみたい。
きらきらきらきらとして、それはお昼間のお天気雨みたいに綺麗で悲しい。

さようならと、いつかいろんなものにさようならと言う日が来るのかな。
思い出はまた増えて、それはもっともっと私の胸を痛めるのだろうなと、悲しいことばかりを浮かべてしまう年末。